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ひきこもりからの社会復帰

不登校、ひきこもり生活、社会復帰、現在に至るまで。過去の経験談です。

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最近のエントリ

11:42
12/15

ひきこもり生活(勝岡編)④時間が止まったまま

93年12月、ひきこもり生活に入って4ヶ月になろうとしていました。『時間が止まったまま』の生活です。おそらく、ひきこもり生活を経験している(した)方ならお解かりになると思いますが、周囲全てがベルトコンベアーに乗って前に進んでいるのに、自分の場所だけ故障して止まったまま・・・という感覚です。自分だけが取り残されています。誰も、どうしたら良いのか教えてくれません。社会参加が大前提の社会に生きている以上...

00:03
12/13

ひきこもり生活(勝岡編)③結果は・・・!?

カミングアウトした僕を、両親が見ています。数秒後・・・☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆母「あら・・・」父「・・・。」母「そうかね・・・」父「・・・。」僕「・・・(ドキドキ)。」母「そうなんかね・・・。」父「・・・。」僕「え・・・っと、ゲイというか、男が好きなんだけどね。別にオカマとかニューハーフとかそんなんじゃないし、だた男で男が好きな人間だということで・・・えっと・・・。」母「そうかね。まあ...

20:03
12/12

ひきこもり生活(勝岡編)②カミングアウトの結果は・・・?

93年11月17日のお昼過ぎ。僕は「話があるんだけど・・・。」と両親を1階の座敷に呼びました。座卓の奥に父、手前に母が座り、僕は、しばらくの間沈黙。・・・。・・・。「実はね・・・」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆日本初のゲイ雑誌『薔薇族』との衝撃的な出会いから1年8ヶ月。毎月発売が待ち遠しく、購入したら隅から隅まで読んでいました。15歳で自身がゲイであることを意識的に自覚しましたが、17歳になった今でも情報...

17:24
12/11

ひきこもり生活(勝岡編)①隔離生活スタート

引越し先の松山市勝岡町は、松山市の北部、海沿いの田舎町です。周囲は、山、田んぼ、海。運転免許センター、消防学校、和気海水浴場、和気八幡神社が近くにあり、少し足を伸ばすと四国霊場八十八箇所第52番札所の大山寺。市街地まではバスで50分程度かかり、近くにあるお店は農協と小さなスーパーと散髪屋と病院のみ。本当にな~んにも無い町に引っ越して来ました。ただ、生まれて初めての2階建て一軒家は、リビングも台所も...

23:03
12/9

不登校時代⑳「社会」からフェイドアウト

93年8月、宮武家は松山市勝岡町(現在の実家)に引っ越しました。17年間住んだ土居田町の郵政の官舎は、家屋が30年以上前に建てられた古い家で家賃も1,500円にまで下がっていました。いずれ取り壊されるから出て行かねばならないし、家族4人の生活にはあまりに狭い家だったため、父が郊外の土地を購入し、93年頭から一軒家を建築中でした。ちなみに、父の実家(西条)の祖父母は、いずれ息子夫婦が帰って来ることを想定して家...

08:42
12/8

不登校時代⑲生まれ変わりは失敗に終わる

7月に入り、担任のK先生より連絡がありました。4月の始業式から一日も学校へ顔を見せない子に対して、担任としては何かしらの対処をしなければなりません。K先生は、松山東高校通信制への編入を提案しました。留年後、1日も学校に行っていない僕は、出席日数・単位ともに、2学期からフルで登校しない限り追いつくことはできません。タイムリミットが迫っていました。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆この時点での選択肢は、1...

07:24
12/6

不登校時代⑱後悔、自責の念、叶わぬ望み

93年4月9日以降、完全なる不登校状態に突入しました。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆留年は僕に決定的なダメージを与え、『頑張ろう・・・!』と自分に無理をさせるエネルギーさえ奪いました。その経験は、僕に後悔の念を残しただけ。「あぁ・・・どうせ行けなくなるなら、あんな立派な挨拶するんじゃなかった・・・」「恥ずかしい・・・」「担任の先生にも、頑張ります、なんて言うんじゃなかった・・・」「あぁ・・・恥ず...

12:51
12/4

不登校時代⑰2度目の高校1年生

留年1日目。朝、気力を振り絞って起き上がります。数日前に「新たなスタートを切る!」と決意しましたが、Ⅹデー(始業式)が近付くにつれて緊張感が高まっていました。留年生として1年生をやるなんて、何をどうしたら良いのか全く分かりません。不安と恐怖だけです。でも、「休学して留年して次頑張るから・・・」という理由で昨日まで3ヶ月間休んでいた僕に、「行く」以外選択肢はありません。3ヶ月振りの制服に袖を通し、自...

21:57
12/2

不登校時代⑯番外編「不登校時代にハマった邦楽」

今日は、不登校話とは全然関係のないことを書きます。92年夏にバーンアウトしてから93年春に留年するまでの間に、僕はいわゆるJ-POP(邦楽)にかなりハマりました。オリコンを毎週買ってランキングをチェック、もちろんテレビやラジオの音楽番組も毎週チェックして、これだ!というCDは購入し、さらに月刊歌謡曲という楽譜主体の雑誌も毎月購入。楽譜を見ながらキーボードを弾いていました。この傾向は90年辺りから始...

21:03
11/30

不登校時代⑮皆が嘘をついていた

93年1月、休学という『正当な休暇』を獲得した僕は、ひっそりコソコソしながらも平穏な毎日を過ごしていました。世間から見たら犯罪者を抱えている家庭と同じでしょう。僕は両親に4月から新たなスタートを切る!と嘘をついて休学し、両親は近所に息子は普通の高校生だと嘘をついていました。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆神経科のSクリニックには定期的に通っていましたが、いつ行っても「頑張れ、頑張れ」+抗うつ薬か何...

22:03
11/29

不登校時代⑭休学で命をつなぐ

1月8日、約2ヶ月振りの学校でした。朝起きて食事を取り、制服に着替え、カバンを持って、寒い中家を出ました。自転車でしばらく進み、いつもの場所に止めて、学校までの約300mの距離を歩きます。僕の横を、自転車の高校生が次々と追い越して行きます。南高校が次第に近付いてきます。・・・。緊張感が走ります。胸が締め付けられるような感覚。鳥肌が立ちます。寒いからじゃない。・・・。下を向いて歩きます。天気は晴れ。...

23:51
11/28

不登校時代⑬悲壮な決意

毎年冬休みになると年賀状を書いていました。父が郵便局員なので、当たり前のように。クラス内では既に過去の人になっていたのに、何故か年賀状は出さねば・・・と思って。それは、もう慣習のようなもの。書かないといけない・・・から書いただけ、みたいな。ちょうど手作りでデザインと印刷ができる家庭用の・・・名前は忘れましたが機器があったので、それを使い、気がついたら「完璧に手の込んだ年賀状」を仕上げてしまい...

18:03
11/27

不登校時代⑫救いの手

中間テストが終わった後は、ほとんど教室に入れませんでした。保健室登校を勧められ何度か通ったこともありますが、担任とクラスの教科担当教師とクラスの同級生だけが僕の不登校を知っていたのに、保健室登校になるとまた別の人にも知られ、余計な神経を使うことになりました。周囲の「視線」は痛くてたまらない。通えば通うほど、心に傷を増やすだけ。すぐに止めました。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆この頃、音楽の授業...

18:27
11/26

不登校時代⑪『普通』に戻して・・・

不登校になると生活はどうなるか?基本的に昼夜逆転となります。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆朝方は、登校時間が過ぎ去るまで布団の中。家族全員がいなくなった時点で起き上がり、ご飯を食べる。テレビを見るか、新聞を読むか、音楽を聴くか、ゲームをするか・・・昼間はひっそりと息を潜めて、テレビや音楽の音量も控えめで。平日の昼間、16歳の子は普段学校へ行っているから、外をうろついたりするのはおかしい。奇異な...

11:00
11/25

不登校時代⑩中間テストは下から2番

母方の祖母が父と父方の祖父にM先生の件を遠慮していたのは、『本門佛流宗』では他の宗教のお守りやお札などを一緒に持つことは「神様がぶつかる」という理由から禁止されており、M先生は宗教ではないのに父と父方の祖父の方から宗教だと認識されてしまったために、同時期に別のものをやるのはダメだ!と強く反対されたからです。その昔母が僕を身篭っている時、お腹に巻いている帯に母方の宗教の文字が書いてあったのを見...

09:33
11/23

不登校時代⑨立入禁止!!

信者集団は4、5名、僧侶と50代~80代の年配の方でした。彼らは、「この子を学校へ行けるようにしてください・・・」「お救いください・・・」と、彼らの神様にお願いしていました。全員が、哀れみの視線で僕を見ています。これは・・・なんという屈辱だろうか!僕は、病気ではない。異常でもない。拝んで治してもらわねばならないようなことは何一つしていない。哀れな子でも、救われなきゃいけない子でもない!何一つ、悪い...

22:03
11/21

不登校時代⑧父方の祖父の神頼み

それにしても、92年10月~11月頭にかけてはいろんなことがありました。9月半ばに本格的に学校へ行けなくなってから、内科、耳鼻咽喉科、神経科、精神科などいろんな病院を回り、10月の時点で、神頼み案件が2件!早い!様子を見る・・・とかなくて、いきなり神頼みに走ってしまうとは・・・。僕の家族がたまたま行動が早かったのか?それとも、いきなり神頼みしてしまうくらい「登校拒否」は一大事であったのか?多分両方でし...

22:33
11/20

不登校時代⑦贈り物を受取拒否して、20年が経った

必要のないことは、人生には起こりません。全ては必然、全ては意味のある出来事です。人が成長するために、贈られるプレゼント。苦楽すべてを楽しむくらいの気持ちでいれば、人生はとても幸せなものとなります。(これはある人の受け売りですが)祖父母にとって、叔父夫婦から拒絶されたことは、実は素晴らしい贈り物でした。息子は、あなたのために生きているのではないのですよ。自分たちのこれまでの行動、態度、生き方、...

23:03
11/19

不登校時代⑥母方の祖母の神頼み(後編)

叔父は、親が自分の嫁の悪口を言っていることを耳にします。祖父母は、嫁が叔父にあることないことを吹き込んだと言います。どちらが本当なのかは分かりませんが、結婚とお嫁さんをきっかけとして、祖父母と叔父との間に深い亀裂が走りました。それは確か・・・88年の冬休み(僕は12歳)。星のキレイな夜でした。僕はいつものように祖父母の部屋でテレビを見ていました。夜9時頃だったでしょうか、叔父が帰ってきたのが分かる...

02:24
11/19

不登校時代⑤母方の祖母の神頼み(中編)

以前、幼少時代③祖父母の過剰な愛情と幼少時代④母も子もアダルトチルドレンでも書きましたが、母方の祖父母と一緒に生活すると、大変なストレスにさらされます。下記の内容は、あくまでも僕が過去に見て聞いて感じたことです。祖父母からは息子である叔父を褒める言葉をたくさん聞きました。「昔から優しい子で・・・」「勉強も出来て・・・」「県庁へ就職が決まっていたくらいよくできる子で・・・」(叔父は蹴って民間に就...

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