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伊予の西条歴史散策

霊峰石鎚山の麓・ふるさと伊予西条の歴史を辿ります。

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本日 (未集計) (未集計) (未集計)

最近のエントリ

22:16
9/5

武智勝丸翁の頌徳碑/橘の碑8

<武智勝丸翁の頌徳碑>西日本最高峰の石鎚山は、昔から霊山として崇められ、山岳宗教として栄え「石鉄山神社」と云われていました。石鎚蔵王大権現を祀る前神寺と共に神仏混合でしたが、明治維新の廃仏毀釈の政策により、前神寺は廃止され、その跡地に石鎚神社ができました。明治初年に県社となりましたが、社運は衰退の一途をたどり、経営危機に瀕しておりました。そこで、愛媛県は特命に依って武智勝丸翁を石鎚神社社司に任...

22:19
9/3

日野新兵衛祐正の頌徳碑/氷見の碑4

<日野新兵衛祐正の頌徳碑>日野新兵衛祐正の頌徳碑は、新兵衛部落の中山川の中州にあります。新兵衛部落は、日野新兵衛祐正が新開した造成地なのでその名があります。日野新兵衛祐正の墓は、氷見岡林にあり、墓石には諦山亮栄居士    新兵衛祐正        文化7年3月8日 卒専精妙亮大姉    妻            文化9年12月13日 卒 田野村国広弥八郎女田野村は旧周桑郡にあり、国広弥八郎は庄...

08:02
9/1

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07:00
9/1

林芙美子の手紙/東予の案内板7

<林芙美子の手紙>大変御無沙汰しました。私も明後日でもう23になろうとしています。長い事会っていませんが、御変りありませんか。只今、東京の方におります。色々な苦労をなめ、それでも私は元気よく生活しております。母はやはり父の方におります。私は一人でこちらにいるのです。随分長いこと音信もなく、現在血を分けた父のありかも知らないでいる私でした。先日下関の方に、かすかな記憶をたどって出してみたところ、...

22:13
6/23

喜左衛門狸/東予の案内板6

<喜左衛門狸>此処より(壬生川駅)東1kmの所に大気味神社有り。喜左衛門なる古狸が、大樹に栖んでいた。感通力を会得し変幻自在、その術巧妙、讃岐屋島の大三郎狸と競い、紀州候のお国入りの行列に化け、みごと勝を得たという。今は社に祀られ七福を授ける高名の狸である。 (蛇足)喜左衛門狸に因んで壬生川には、「たぬき饅頭」という銘菓があります。

07:51
6/19

うちぬきポイント/西條の案内板7

<うちぬきポイント><伊予西条駅>  駅前バス乗り場近くと2番ホームの2か所にあって、アクアルートのスタートとゴールになっています。うちぬきのおいしさをテイスティング。<総合文化会館>  総合文化会館西隣、川沿いの所にある水飲み場、屋根をつけ、汲み取り口を大きくして大勢の皆さんに「うちぬき」を堪能していただこうと設置したものです。<弘法水>  本陣川の河口左岸にある海の中から湧き出てくる不思議...

06:20
6/12

「うちぬき」のおいしさの理由/神拝の案内板8

<「うちぬき」のおいしさの理由>「うちぬき」は昭和59年4月(1984)に厚生省(現在の厚生労働省)が発表した「おいしい水の要件」をみたしています。軟水なので口あたりはとてもまろやかで、水温も季節に関係なく13~14℃と一定しています。また、飲料水として水道法による水質基準もみたしており、そのまま飲むことのできる「安全な水」でもあるのです。今では、市内外からペットポトルやポリタンクを手にして、...

15:26
6/2

うちぬき/神拝の案内板7

<うちぬき>加茂川は、石鎚山天狗岳(標高1982m)を主峰とする石鎚山系に源を発し、市の中央部を北に貫流し瀬戸内海にそそいでいます。加茂川は標高差千数百メートルを急勾配で下り、ゆるやかな勾配となる山麓付近の扇状地には、多くの砂レキを運び堆積しています。このような構造から、表流水はほとんど伏没し、浸透を続けながら市街地を中心とした広範囲に地下水として貯えられており、この地下水は、土中に鉄管を打ち...

21:26
5/26

碇神社の松林/玉津の案内板5

<碇神社の松林>碇神社は昔、明神木村の下にあり、その社に大樹がありました。碇明神の大樹であったことから、明神木の地名が起こったといわれています。それから後、船屋の丸山に遷座し、再び、延宝7年(1679)にこの地へ遷座しました。このように碇神社は、海岸の新開地を追って遷座し、新開地を案内する地主神として祭られています。松くい虫による被害も少なく美しい松並木が残っています。(蛇足)昔、明神木にあつ...

09:46
5/20

嘉母神社祭礼 体育の日の前々日・前日/大町の案内板26

<嘉母神社祭礼 体育の日の前々日・前日>禎瑞地区の氏子によって行われ、太鼓台6台が奉納されます。体育の日の前々日は、氏子部落内をそれぞれ廻り、体育の日の前日は、嘉母神社で6台揃って宮出しを行い、その後、氏子部落内の5か所でかき比べを行い、夕刻再び嘉母神社でかき比べをして宮入りとなります。(蛇足)部落内の5か所でかき比べをする場所は、・加茂川左岸河川敷・八幡荒神社・高丸・難波・禎瑞下組     ...

17:42
5/13

石岡神社祭礼10月14日・15日/大町の案内板25

<石岡神社祭礼10月14日・15日>氷見・橘地区の氏子によって行われ、屋台27台・神輿2台が奉納されます。14日の朝、石岡神社に集まった後、自由運行で各々地区内を練り歩きます。15日早朝から各々百余個の提灯にかざられた屋台、神輿が神社境内「桜の馬場」に集まり宮出しを行います。その後、統一行動で神興にお供して御旅所を経て氏子部落を整然と巡ります。新兵衛橋を渡り、夕刻再び神社境内の「桜の馬場」で所...

06:39
5/9

飯積神社祭礼10月16日・17日/大町の案内板24

<飯積神社祭礼10月16日・17日>10台の太鼓台が奉納される飯積神社は、新居浜市の一部の大生院地区と下島山・船屋・飯岡の氏子によって行われます。16日は、自由行動で地区内を練り歩きます。昼2時頃に玉津橋付近で伊曾乃神社祭礼巡行中の屋台と地元の太鼓台が出合います。17日早朝の宮出しの後、船屋・室川西原河原・渦井川河原と場所を変えてのかき比べを行い、夕刻神社前河原に勢揃いして宮入りを迎えます。こ...

10:32
5/6

伊曾乃神社祭礼10月15日・16日/大町の案内板23

<伊曾乃神社祭礼10月15日・16日>西条祭りのメインである伊曾乃神社祭礼は、市内で最も規模が大きく屋台77台・御興4台が奉納され、このように多くの屋台が奉納される祭りは全国にもあまり例をみません。15日早朝、百余個の提灯に飾られた屋台・御興が加茂川橋を渡り宮出しに集まってくる様は、文字通り不夜城のようです。神社境内に集まり、勇ましい太鼓・鉦ではやし立て、神興を迎えます。16日には77台の屋台...

07:24
5/4

太鼓台/大町の案内板22

<太鼓台>神輿と似た形であるが、木車がなく、約12mのかき棒4本でかつぐ。このため飾りも少し違っており、太鼓台には天幕があり、下段の飾りが小さい。すべて金糸銀糸で昇龍・降龍・虎などを高縫いし豪華である。かきくらべの時は100人から150人でかつぎ、高さ約5.5m、重さ約2.5トン囃子は太鼓。

08:18
5/2

神輿/大町の案内板21

<神輿>大型の木車(直径1.8m)をつけ、かき棒2本、綱で引く。重の蒲団の回り四方を昇龍・降り龍など金糸銀糸の刺繍で飾る。中段は竜宮・陽明門など金糸の高縫い。三角面は竜や獅子などの高縫いで豪華絢爛である。高さ5m余、重量2トン、太鼓・鉦の囃子で練り進む。

08:41
4/30

だんじり/大町の案内板20

<だんじり>木製組み立て式、家型をしており、2階又は3階の形式。四方は武者絵・太閤記・平家物語・花鳥・三国志等の彫刻で飾られる「透かし」である。白木・塗りと2種類あり、それぞれ趣がある。夜提灯を100余個つけるとまさに不夜城。高さ約5メートル、重量約600から800キログラム、15から20人でかつぎ、太鼓・鉦を勇壮に打ち鳴らす。(蛇足)写真のだんじりは、平成元年5月に着工、平成2年3月に竣工。...

07:09
4/28

西条まつりの歴史/大町の案内板19

<西条まつりの歴史>西条まつりの発祥については定かでありませんが、文献上に屋台が登場するのは、石岡神社祭礼に宝暦7年(1757)伊曾乃神社祭礼には宝暦11年(1761)です。伝承によると「石岡八幡宮の別当寺である吉祥寺の住職が、河内の誉田八幡宮の山車を見て帰り、この近郷には類がないので似たものを竹で作り奉納した。これが氷見の1番屋台・寺の下の始まりである」といわれています。それが伊曾乃神社をは...

09:14
4/26

西条の歴史/大町の案内板18

<西条の歴史>西条市は、愛媛県の東予地方に位置し、西日本最高峰の石鎚山(1982)を仰ぎ、北は瀬戸内海の燧灘に面したきれいな水が豊富で緑豊かな都市です。西条の歴史は古く西暦158年景行の第2皇子武国疑別命(タケクニコリノミコト)が伊曾乃神社館を設け、この地方を治め、その後、伊予の豪族河野氏が治めたといわれています。江戸時代に入り、西暦1636年伊勢神戸の城主一柳氏が西条藩主に封じられ、2代直重...

07:51
4/24

三葉柏/西条の紋所12

<三葉柏>禎瑞の高丸にある蛭子神社の神紋です。昭和32年4月に兵庫県の西宮神社より勧請されたもので、石造りの社殿は、戦事中禎瑞小学校にあった奉安殿です。扉の「菊の御紋章」は取り換えられて、今は「三葉柏」となっています。柏は古代、この葉に食物を盛って食したようで、ここからカシワデと云う言葉が生まれました。そして、貴族に食を供する人を膳夫司(カシワデノツカサ)と呼びました。後に神に食を供える人も呼...

14:49
4/22

実報寺の一樹桜/東予の案内板5

<実報寺の一樹桜>遠山と  見しは是也  花一木寛政7年(1795)小林一茶が、一樹桜を訪ねて、この句を作ったことが、「寛政紀行」という一茶の旅日記に記されている。エドヒガンとかウバヒガンといわれるこの種類は、染井吉野に先がけて咲き、その純白の花は実に見事である。(蛇足)ウバヒガンは、別名「アズマヒガン」とか「エドヒガン」といわれます。ウバヒガンの名の由来は、この桜は葉がないうちに咲きますので...

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